事業再構築補助金における事業アイディアの具体例
~補助金チャレンジは難しくない!~その1

こんにちは神奈川中小企業診断士会の鈴木崇史です。過去の経営コラムでは昨年1年間で約35,000社が採択された事業再構築補助金の採択のポイントについて解説しました。

その後、多くの方からお問い合わせを頂く中で、補助金申請にチャレンジしたいが、そもそも新たな取組みのアイディアをなかなか作れないとのご意見を頂きました。

そこで本稿では各種補助金を活用し、業績の向上につなげるための事業アイディアの具体化の事例について解説します。

事業アイディアがないと補助金がもらえない

昨今、国の施策として中小企業に対し、新たな取組への挑戦を促し、挑戦する企業に絞って大型の補助金(返す必要のない資金≒国からもらえる資金)を交付することが増えています。(※注 正確には不当な使用方法があったり、自己負担分を超える直接収益があった場合は返還対象となることがあります)

例えば、下記のような補助金があります

◎事業再構築補助金(令和2年度補正予算約1兆1,000億円・令和3年度補正予算約6,000億円)

新分野展開、業態転換、事業・業種転換、事業再編又はこれらの取組を通じた規模の拡大等、思い切った事業再構築に意欲を有する、中小企業等の挑戦を支援するもの。(通常枠最大8,000万円)

事務局公式サイトhttps://jigyou-saikouchiku.go.jp/

◎ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(令和3年度補正予算約2,000億円)

中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等を支援するもの。(通常枠最大1,250万円)

事務局公式サイトhttps://portal.monodukuri-hojo.jp/

これをみても、現在の事業の延長線上ではなく、新たな取組を行わないことには多額の国家予算が投入されている中小企業支援予算の恩恵とは無縁ということが分かります。

ではこの新たな取組とは具体的にどのようなものなのか、令和3年3月に中小企業庁から出された事業再構築指針にヒントがあります。ここでは新分野展開、業態転換、事業転換など様々な分類がありますが共通の要件として

「製品・商品等の新規性要件」が挙げられています。そこには「過去に製造等した実績がないこと」、「定量的に性能又は効能が異なること」が求められています。つまりはこれまで扱ったことのない商品・サービスを扱うということです。

そもそもこういった計画の土台となるアイディアそのものが浮かばないで困っている方も多いのではないかと感じています。

事業アイデアの考え方

新規事業のアイデアでは一般的に「やりたいこと(want)」「できること(can)」「必要とされていること(need)」の3つの要素を組み合わせることが必要といわれています。

しかし、そのような教科書的な条件を言われても、3つの要素を同時に満たすものを見つけることはなかなか難しいのではないでしょうか。本稿では最終的に3つの要素がそろう事業アイディアを具体化する事例を紹介致します。

事業アイディアの事例①
焼肉店経営にアパレルショップがチャレンジ

私がアパレルショップの代表者の事業再構築のお手伝いをすることとなったのは以前に事業再構築補助金の申請をお手伝いし、採択された製造業の代表者からのご紹介でした。他のコンサルタントのサポートの下、事業再構築補助金の申請を行ったものの不採択になってしまった事業計画でした。

アパレル業界はコロナ禍で大きく打撃を受けている業種であり、新たな取組みが必要と考える経営者は多いことでしょう。本事例の代表者も同様でした。そして代表者自身が焼肉好きであること、自身とある社員の知人・親族が畜産農家であったことから、仕入れルートが確保できる焼肉店への新規参入を考えました。

計画書を拝読しましたが、すぐに違和感が生まれました。「なぜアパレルショップが焼肉店を開くのか・・・」、この計画書では新規事業を考える上での重要なポイントが抜け落ちていることに気が付きました。それは「既存事業の強みと新規事業の関連」「既存事業と新規事業のシナジー」です。

アパレルショップと焼き肉店の経営は全く異なります。既存事業との関連性は、新規事業を考えるうえで不可欠な視点と言えます。

成功する新規事業について考える際に参考になる理論がアメリカの経営者・経営学者であるアンゾフ(※1)の理論です。

アンゾフの理論では企業の成長の方向性は以下の4つがあります

A:市場浸透戦略:既存の市場(顧客)を相手に既存の製品・サービスで戦う
B:市場開拓戦略:既存の製品を新しい市場(顧客)に売り込む
C:製品開発戦略:既存の市場(顧客)に新しい製品・サービスを開発し売る
D:多角化戦略:新しい市場(顧客)に新しい製品を開発し投入する

このうちBCDを経済産業省は事業再構築と定義しています。D がもっともハイリスクです。

ではどんな場合には多角化が成功するのでしょうか?アンゾフは多角化成功の要素に二つの視点を挙げています。

  • 製品(サービス)・市場(顧客)・自社能力(=強み・弱み)の明確化
  • シナジー(事業間の相乗効果)の追求

つまり新規事業進出(多角化)を成功させるには自社の強みの明確化とシナジーの追求が重要なのです。

※1:アンゾフは1950年代・60年代に米国で活躍した人物。米陸軍の研究機関出身、ロッキード社にて経営陣として、カーネギー工科大学にて経営戦略学者として活躍。

自社の強みの明確化とシナジーの追求

アパレル事業では商品の仕入れルートやセンスが重要となります。しかし、これは売り物にだけフォーカスしたひとつの視点にすぎません。もうすこし視野を広げ、ショップビジネス全体を考えてみると多くのショップの売りは「ヒト」ではないでしょうか?

接客力とも言えます。当該企業の特長はなんといっても離職率の低さでした。離職率を低く保つためには、給与体系の整備・福利厚生の整備・スタッフ同士の人間関係や相性も加味したシフト作成など多くの創意工夫が必要です。一方で多くの飲食店は人手不足に悩んでいます。現場販売員に気持ちよく働いてもらう仕組みは他の事業を営む場合でも重要な要素となりえます。

もう一つの強みが空間コーディネート、つまり店舗デザインノウハウでした。アパレルショップ、レストラン、カフェ、書店等のビジネスは店舗の雰囲気といった空間そのものが売り物となります。それぞれのビジネスは異なるものですが店舗デザインノウハウが重要であることは共通しています。

当該企業の既存事業の強みまとめると

  • 既存事業で培った、人材マネジメントノウハウ
  • 既存事業で培った、店舗デザインノウハウ

このように新たな事業のアイディアと既存事業の内容が全く違う場合でも、既存事業の強みを分解してみることであらたな事業にも生きる強みが明らかになります。

焼肉事業とアパレル事業のシナジーとは何か

シナジー(相乗効果)を簡単な表現に直すと、「新たな事業を始めることで既存の事業にもプラスになる」ということです。では焼肉店を始めるとなぜアパレル事業に好影響が出るのでしょうか。

焼肉店と記載していますが正確に言うと郊外のカフェ風のおしゃれな高級焼肉のお店です。当然ドライブを兼ねて訪れるカップルもいれば、ちょっとしたパーティーに使われたりもします。おしゃれな雰囲気の飲食店に行くにはそれなりの格好をする必要があります。外出機会の創出はすなわちアパレル需要の創出なのです。

このように新たな取組みの事業アイディアが生まれた際は、既存事業の強みを生かせるものであるか、相乗効果があるかを検討することで成功する事業の第一条件を満たせるものとなります。

アイディアを事業計画に進化させる手順

自社の強みを生かせること、シナジーがあることが確認できた後に行うべきことはこの事業アイディアを「事業計画」と呼べるレベルまで進化させることです。事業計画に必須の要素とは(※2)「誰に・何を・どのように」です。私はここに「いくらで」を加え4つの視点を整理・明確化する手法をお勧めしています。

※2: これを経営学では事業ドメインと呼びます。勝負する土俵のことです。

「誰に」の考察

本案件は焼肉店ですので、個人客がターゲットです。そして車で来店しやすい郊外型の店舗ですので顧客の居住エリアは広範なものとなります。よく半径何キロが商圏か?といった考え方をお聞きになるかもしれませんが、あまり意味がありません。車の場合高速道路があったり、あるいは一方通行であったり、近くにどんな施設があったりといった個別事情により実際の商圏は大きく異なります。またメインの顧客の年齢・性別もイメージしておく必要があります。本案件はカフェ風のおしゃれな内装が売りになりそうですので焼肉好きの女性同士が女子会に使うことも想定されます。

「何を」の考察

本案件は飲食店ですので、メニューを決めておく必要があります。しかし、それだけが売り物ではありません。店内の雰囲気やそこで過ごす時間そのものが売り物になります。自分たちは何を売るのか、どんな価値を売るのかを明確にします。

「どのように」の考察

飲食店の場合は来店客をどのように増やしていくかが肝となります。広告サイトを使う場合もあれば法人の宴会需要を取り込む場合もあります。しかし、本案件では別ルートでの効果的な集客が可能でした。詳細は記載できませんが既存事業で培った雑誌社とのつながりを活用した広報戦略となります。既存事業の強みを分析することで、このように独自の集客戦略が可能となりました。

「いくらで」の考察

価格については競合店との比較で決定していきます。決定と言ってもレシピを完成させ、仕入れをしてみなければ正確な値段は決められません。しかし、想定する価格は先に決めることはできますし、これが決まらないと「誰に」で検討した顧客が来てくれそうか、満足してくれそうかが全く分かりません。

以上4つの視点の深掘りをさらに繰り返すことで事業計画が具体化していきます。

成功の3要素「やりたいこと」から考える

本事例は前稿にて解説した成功の3要素のうち「やりたいこと」からスタートした典型的な事例と言えます。

現在の補助金等の多い環境は、やりたいことにチャレンジするには最適かもしれません。どんどんチャレンジしましょう。しかし、その際には一歩立ち止まることが必要です。そこでその事業アイディアでは既存事業の強みを生かせるのか、既存事業とのシナジーはあるのかを深掘りすることが重要です。

やりたいことの発想が得意な経営者は多いですが、やりたいことだけでは不十分です。強みとシナジーを分析し、事業ドメインを明確にすることで 突飛な事業アイデアも実現可能な事業計画に進化します。

本稿では私が事業再構築補助金の事業計画作成を支援した事例の中で、「やりたいこと」からスタートした案件を解説し、事業アイディアをどのように具体的な事業計画に進化させられるかを解説しました。決して難しいことではありません。「やりたいと思ったこと」これを事業として実現できれば、これほど素晴らしいことはありません。

次稿では「必要とされていること(need)」から始める事業アイディアの作り方・具体化の事例をご紹介いたします。


著者紹介

鈴木崇史

合同会社SDGs経営サポート

大志経営コンサルティング

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